8月29日に、北朝鮮からのミサイル発射で、Jアラートが鳴りました。

ですが、このJアラートについて、メディアや世論は「Jアラートミサイル訓練や避難は無意味だった」など、批判を浴びています。

そんな中、たまたま「ダイヤモンド・オンライン」で下記記事を見つけました。

「呑気にJアラート批判の日本人は日米開戦前夜にそっくりだ」

ノンフィクションライターの窪田順生という方が書いた記事なのですが、要約しますと次のような内容になります

『”Jアラート”の評判がよろしくない。その根本にあるのは、多くの日本人が”北朝鮮が本気で日本を攻撃するはずはない”という思い込みに起因しているようである。しかし、そのような”楽観論”は非常に危険である。なぜなら楽観主義こそが、「戦争」の引き金になるからである

その典型的な例として、真珠湾攻撃がある。当時、多くの日本人や軍人は”アメリカは民主主義・個人主義の国である。ほとんどのアメリカ人は、戦争で命を落とすことを恐れているはずだ。だから緒戦でアメリカに奇襲攻撃をかけて、大打撃を与えれば、きっとアメリカ人の戦意はくじかれて、日本に和平を乞うことになるだろう”と考えていた。このような目論見によって、真珠湾攻撃は立案された。しかし事実はまったくの逆であった。

これと同じことが北朝鮮のケースにも言えるのではないだろうか?もし北朝鮮が、ターゲットを日本にだけに絞り、攻撃してきたら?一国主義を掲げるアメリカのトランプ大統領は、日本を守ろうとせず、”様子見”を決め込むかもしれない。もしそうなったら、日本は北朝鮮からの容赦ない攻撃にさらされることになるかもしれない。

最近の日本の北朝鮮への楽観主義は、日米開戦前夜を彷彿せずにいられない』

以上が要旨になります。

私も最近の北朝鮮のミサイル発射に対して、ほとんどの日本人には「危機感が薄いなあ」と感じています。

ただ私は別の例を思い出しました。

三国志の呉の孫堅です。

横山光輝のマンガ「三国志」で読んだことがあるのですが(確か第7巻だったと記憶しています)。

呉の太守、孫堅は隣国の荊州に攻め込んだ時の話です。呉の水軍は長江に面した荊州軍の陣地に上陸しようとします。ところが荊州軍の陣地の守りは固く、呉の上陸部隊に矢が雨あられのように降り注ぎます。孫堅は上陸を断念します。

その後、呉の上陸部隊は毎晩、荊州軍の陣地に攻め込もうとします。ですが、この上陸部隊はドラや太鼓を鳴らすだけでいっこうに陣地に上陸しようとしません。

様子がおかしいと思った荊州軍の指揮官は部下に命じて、呉の上陸部隊を調べさせます。すると、この上陸部隊の船には各船、船頭しか乗っていないことが判明します。つまり、呉の上陸部隊は”みせかけ”だったのです。

それ以後、荊州軍は呉の上陸部隊が近づいてきても、まったく警戒態勢を取ろうとはしませんでした。

荊州軍の兵士たちは、武器も取らず、ただ上陸部隊をあざ笑って見物するだけでした。

そんな状態が7日ほど続きました。この日の夜も呉の上陸部隊がやってきました。荊州軍の兵士たちは、いつものように警戒もせず、「いつものことか」とただ上陸部隊を眺めていました。

すると突然、呉の上陸部隊は急速に荊州軍の陣地に近づき、上陸してきました。そしてそれぞれの船からは、無数の呉軍の兵士たちが降り立ち、そしていっせいに荊州軍の陣地に攻め込みました。まったく警戒していなかった荊州軍の兵士たちは、たちまち討ち取られるか、算を乱してちりじりに逃げ出しました。こうして呉軍はあっというまに荊州軍の陣地を占領してしまったのです。

呉の太守 孫堅

私には最近、盛んにミサイルを発射している北朝鮮の動きが、毎晩、ドラや太鼓をならしてやって来る、呉の上陸部隊とダブって見えてしまいます。

連日のように報道される、北朝鮮のミサイル報道を「いつものことか」と眺める私たち日本人の頭上に、ある日突然、ミサイルが撃ち込まれたら・・・

平和はいいことだと思いますし、絶対に守らなくてはならないと思います。ただその平和は「タダで手に入るものだ」と多くの日本人は考えているように思えます。その心の”緩み”や”楽観主義”が、大変な惨事を招いてしまうことがあるのではないか?

日米開戦前夜や三国志の孫堅のエピソードは、そういった例でありまた、”歴史は繰り返す”という名言のよい例かもしれないと思いました。